この記事は、
・抑えた演技が良いってよく聞くけど、どういうこと?
・抑えた演技ってどうやるの?
こんな疑問をお持ちの方に向けて書いていきます。
この記事を読むとこんなことがわかります。
①良い抑えた演技もあれば、悪い抑えた演技もある
②良い抑えた演技のやり方
どうも俳優をやっていますヒロユキです。
今年で俳優歴14年目。事務所に所属していないこともあり大きい作品には出ていませんが、それでもTVドラマ、映画、舞台、ラジオドラマ(製作、脚本、主演)など色々な媒体に出演してきました。
また、この14年間「演技とは」ということを考え続けてきました。その間にスタニスラフスキーシステム、リーストラスバーグメソッド、マイケルチェーホフテクニークなど様々な海外の演技論も学び身体に落としてきました。
さて、テレビ・雑誌・ウェブサイトなどのメディアでよく聞く「抑えた演技」。
たいていは「あの俳優の抑えた演技がすごい!」といった文脈で使われます。
実際見てみると「静か・無口・淡々とした・無表情」こんな感じの演技に出会います。
「この抑えた演技がすごい!」と言われると、
「なるほど、これがすごい演技なのか」なんて納得しちゃいそうになりますが、実際抑えた演技はいったいどこがすごいのでしょうか。
最初に結論を書いてしまいますが、僕は抑えた演技には「良い抑えた演技」と「悪い抑えた演技」があると考えています。
良い抑えた演技は僕から見ても大興奮するほど素晴らしいですが、悪い抑えた演技ははっきり言って最底辺。
俳優じゃなくても誰でもできます。
この間には天と地ほども差があるのにもかかわらず、結構世の中ではごっちゃになってしまっているんじゃないかな・・・
この二つのを判断するポイントは、「抑えきれているかどうか」。
それではさっそく詳しく見ていきましょう。
良い抑えた演技もあれば、悪い抑えた演技もある
良い抑えた演技と悪い抑えた演技の違いを見ていく前にまず知っておいてもらいたいのは、抑えるだけなら素人でも誰でもできるということ。
あなたも普段イライラすることがあっても、「ここで顔に出しちゃいけない」と思って抑えたりすることありますよね。
面接やオーディションで「めんどくさいなぁ」と思っても、普通は顔に出しません。
俳優はこれをカメラの前や舞台の上でやるだけです。
だからそもそも特別なことではない。
それでは、良い抑えた演技と悪い抑えた演技の違いはどこにあるのでしょうか。
答えは、抑えるだけの感情がその俳優の胸の中にあるかどうかです。
僕らが日常で、「ここではこう振舞おう」「めんどくさいと思ってもここで顔に出してはいけない」と感情が顔やしぐさに表れることを抑えるのってあんまり難しくありません。
俳優も同じ。
たいして大きくない感情を抑えることは簡単です。
難しいのは、爆発するほどの感情(=激情)を心に抱いた状態で抑えること。
「解放していいよ」と言われたら、すぐに激怒・号泣・叫び出せる(出てしまう)だけの感情を持っている。
だけど、その役の置かれている状況や役の性格によってその姿を見せられない。
だから我慢しなくちゃいけないんだけど、抑えなければいけない感情が、目線・足取り・呼吸・表情から漏れ出してきてしまう。
ここまできてようやく「良い抑えた演技」と言えます。
つまり
ちゃんと抑えた演技をするには、抑えきれないだけの感情をまず持たなければならない
ということ
そうでないと表現過多、つまり中身がないのにそれっぽく見えるように振舞うだけの演技になってしまう。
このような中身がない状態で抑えた演技のことを、僕は「悪い抑えた演技」と考えています。
もっとはっきり言っちゃうと「抑えるものが心の中に無いのに何を一体抑えてるの?」
悪いどころかそもそも言葉自体破綻しています。
しかし現実には、意外とこういう演技をありがたがる風潮が多かったりします。
超偏見だけど、自称映画好きの人に多い気がする。
「あの俳優の抑えた演技が素晴らしいよね」
「(・・・あいつ何も感じてないだけなんじゃ)」
みたいな。
それでは良い抑えた演技、つまりちゃんと心の中に激情が渦巻いていて、それを必死に押しとどめている演技はどうやって見分けることができるか。
これは前回の記事(素人でもわかる!?演技が上手い俳優かどうか見極める方法)にも書いたけど、目線とか表情とか発声とか、一点を見て判断するものではありません。
一言で言えば、その俳優に説得力があるかどうか。
この説得力って正直、演じた経験がない人にはつかみにくいかもしれません。
自分自身がちゃんと役作りして、心を動かしながら演じるという経験を重ねることで、TVや映画の中の俳優の演技にも説得力や違和感を感じられるようになってきます。
たとえば、漆(うるし)塗り職人が「この部分の漆がちょっと厚いな」とか、素人には絶対にわからないところに気がつく感じに似ていると思う。
やらなきゃわからない。
では俳優でない人は一生見極めることができないのか。
僕が思うに、俳優でなくても日頃から人の目を気にして生活している人は、こういうセンスに優れていると思います。
人の目を気にするってあまり良い意味でつかわれることはないですが、言い換えたら「観察力」ですからね。
「あれ?もしかしてこの人怒ってる?」
とか、
「なんか嬉しそう・・・」
とか。
こういうのがすぐわかる人は、心に渦巻く激情を必死に押しとどめている「良い抑えた演技」をしている俳優と、見た目だけそれっぽくても心では何も感じていない「悪い抑えた演技」をしている俳優をなんとなく感じられるんじゃないかな。。。
繰り返しになりますが、目に表れます。とか口元をよく見てください。とかではありません。
「良い抑えた演技」も結果的には目や口元に表れることが多いんですが、それは表現として作って表れているのではなくて、激情の抑えが利かなくなって漏れ出してきてしまったものです。
判断ポイントとしては、「なんかこいつ・・・あるな」っていう説得力を、その俳優(が演じている役)から感じられるかどうかだと考えてください。
良い抑えた演技のやり方
さて、それでは良い抑えた演技はどうすればできるのでしょうか。
いきなり抑えた演技をしようと思って役を作り始めるのは間違いです。
仮にト書きに「怒りを抑えて」と書かれていたとしてもです。
抑えるかどうかのジャッジは、最後の最後。本番前日で構いません。(むしろ当日でも)
なぜなら抑えること自体は簡単だからなのと、「絶対にここでは抑えなければいけない」と考えて演じると、役の活き活きさがなくなってしまうからです。
それよりも抑えが利かなくなるほどの激情を作り出す方が数百倍難しい。
だからまず俳優は以下の3つに焦点を当てて役を作っていきます。
・あなたの役は何を成し遂げたいと思っているのか(目的)
・その目的を妨げるものは何か(障害)
・目的と障害の間(葛藤)
すべての役には、この目的・障害・葛藤の3つがあります。
作品の主役なら必ずこの3つが、ちょっとだけ出る端役でも目的だけは絶対にあります。
なぜなら、目的がない人物が作品の中に出てきてもやることがないからです。
物語を作る段階で考えてみても、その人物を入れる必要がない。
出演料がムダにかかるだけです。尺ももったいないし。
また目的と言っても「世界を救いたい!」のように大きなことだけとは限りません。
会社に遅れずに到着したいとか、今日一日平和に過ごしたいとか、恋人に好きって言わせたいとか。
とにかく絶対に〇〇をしたい(or欲しい)というものが目的です。
このように登場人物それぞれの目的つまりエゴがぶつかり合うと物語が生まれます。
もし全員が「君の目的ステキだね。うん、それを優先しよう!」と譲り合いの精神を発揮すると、なにも面白くありません。
観客や視聴者が「これからどうなっちゃうんだ!?」とわくわくするのは、それぞれのエゴがぶつかる争点だからです。
俳優はまずこの、目的・障害・葛藤を丁寧に丁寧に作っていきます。
たとえばあなたがもらった役が、「愛しのあの子と付き合いたい!」という目的を持っているとします。
しかし、その子にはすでに付き合っている彼氏がいる。(障害)
その彼氏から奪うしかないのか。そんなこと許されるのか?その彼氏の気持ちは?愛しのあの子にも負担をかけるかもしれない。ってか、そもそも俺なんかに奪うことができるのか?(葛藤)
絶対に叶えたい!という目的を持ち、障害をなんとか乗り越えようとすると必然的に葛藤が生まれます。
この葛藤をぎゅーっと胸の中に押し込めて、愛しのあの子やその彼氏に普通に接しようとする。
でもやっぱり話していると、想いが漏れ出してきてしまう。
葛藤が強ければ強いほど、表情やしぐさに「その子が欲しい!」という想いが漏れてきてしまいます。
いや、でもそんな姿を見せるわけにはいかない。今の関係を崩したいわけでもないし・・・
でも・・・
あああ・・・・・・!!
これが「良い抑えた演技」をする方法です。
すでに俳優やってる方はお気づきだと思いますが、結局これっていつもどおりの役作りです。
普通に目的・障害・葛藤を丁寧に作って、ただ状況的に抑えなければいけないから抑えようとする。
でも抑えきれないから漏れ出してきてしまう。
これだけ。
やることをやっているだけなんです。
それに対して、悪い抑えた演技の場合は、いきなりカッコいい抑えた演技を見せようとするわけですね。
目的も障害も葛藤も全然ないか、あっても弱い。
ちょっとでも抑えたらもう漏れ出てきません。
漏れ出てくる気持ちがないからです。
だから、むりやり漏れ出てきてる風の演技をすることになります。
つまりはウソをつくわけです。
結果として、ちゃんと内面を作ったあとに、その想いを抑えようとする演技には説得力が生まれます。リアルに葛藤が起きているからです。
逆に、抑える演技をすること自体がメインの俳優には、抑えるべき想いが無いので説得力が生まれません。
あなたが素晴らしい抑えた演技をしたいと願うのなら、まずは役の目的と障害を明確にして葛藤に苦しみましょう。
役と同じくらい苦しんで、眠れない日が続くレベルまでいけば、抑えるべき気持ちはすでにあなたの中にできています。
そこまでいったら最後に気持ちが表面に出てこないようにそっと蓋をするだけ。
作品的にどれくらい気持ちが漏れてしまっていいのかはバラバラなので、監督や演出家と相談して蓋の厚さを調節してください。
ここは全然難しくないです。
むしろ、問題となるのはその作りこんだ気持ちが本番中に湧き上がってくるかどうか。
残念ながら死ぬほど努力して作りこんだ気持ちなのに、本番になったらまったく出てこないことって割とよくあります。
気持ちが作れてないわけじゃないんです。
ただ本番で演じているときに湧き上がってこない。
できませんとも言えないから嘘でやるしかない。
絶望です。
僕もさんざんこの問題に悩まされました。
二度と体験したくないので、その解消方法を色々調べてまとめました。
だいぶ応用編になってしまいますが、ご興味ある方はこちらの記事をどうぞ。
ちなみに役と同じくらい悩む、眠れない日が続くレベルまで葛藤するためには、僕はノートにいろいろ書くことを薦めています。
詳しいノートの使い方はこちらの記事をご覧ください。
まとめ
この記事では、抑えた演技には「良い抑えた演技」と「悪い抑えた演技」があることを解説しました。
良い抑えた演技は、逆説的ですが、抑えきれないほどの感情がある演技です。
対して、悪い抑えた演技は、そもそも抑えるべき感情を作っていない(またはごく小さい)演技です。
良い抑えた演技は、実際に沸き起こっている感情を抑えようとしているので説得力があります。つまり自然なんですね。(演じている本人は激情をムリヤリ抑えているので辛いです)
対して、悪い抑えた演技は抑えるべき感情がないのに抑えているふりをしています。つまり偽物です。演じる立場としては自らの激情と戦うわけじゃないので、めちゃくちゃ楽です。ただ演技力が上がることはありません。
むしろウソでもいいやというクセが付くので、通常演技力は下がります。
良い抑えた演技をしたければ、通常の役作りをしっかり行うことが大切です。
つまり、目的・障害・葛藤を丁寧に見つけて丁寧に作っていくということ。
つまらない答えになってしまいますが、どうすれば良い抑えた演技ができるか考えるより、不器用にあーでもないこーでもないと悩んで役に近づき続けること。
結局は、これが最適解です。
ヒロユキの演技ワークショップはこちらから。